2018年03月22日

安倍官邸の大政奉還

森友学園の8億円よりも規模がかなり大きい加計学園の疑惑のほうに、
今後目が向けられる公算が大きいといえる。
安倍三選どころか会期中総辞職の方が可能性は高い。
佐川氏の証人喚問は、刑事訴追の恐れが云々という、
籠池氏と同じような証言が予想されるけれども、
かえってそれが疑惑の拡大につながっていくだろう。
加計学園の獣医学部に関していえば色々な憶測が流れている。
まさにごり押しの経済特区というふれ込みで始まった物ではあるけれども、
安倍氏の祖父は旧大政翼賛会に関わりのある、
旧日本軍の何百万発もの化学兵器遺棄問題を中国大陸に残している現状や、
東南アジ諸国に侵略した際の慰安婦問題の未解決があるかぎり、
紋切り型でもう忘れて欲しいと言っても、
暗い歴史の記憶は未来永劫子孫の時代まで続くことになる。
韓国の慰安婦問題は誠意を持って国が存続している間は、
誠意と謝罪をもって為政者は望まなければならない覚悟はいるだろう。
だからこそ、偏向的な憲法改正論議はすべきではないし、
周辺諸国への配慮と殊勝な姿勢は忘れてはいけない。
歴代の首相はみなそうやってきたのだから。
安倍政権では、日朝首脳会談はムリだと関係者は報道で主張していた。
海外からみてもそれは妥当な線だと思っている。
拉致問題は大事な事項だが、それは日本だけではないし、
入り口から取り上げていては、米朝の平和友好関係は樹立しない。
正恩氏以前の体制で起こった拉致問題でもあるので、
客観的な視点で取り上げるべきだと考える。
安倍外交は国内事情で今後進まなく成る可能性はある。
彼の代わりはいくらでもいると個人的には思っている。
内閣総辞職で官僚への大政奉還という事態も、
想定しておいたほうがよさそうだ。

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2018年03月21日

ビジョン無き2020東京五輪

 19世紀の普仏戦争でフランスが敗れ、クーベルタン氏が反戦と平和をスポーツ大会開催によって推進したいという、政治的な思惑で、近代五輪が始まったが、政治運動として始まった五輪を政治が利用するのは避けられないようだ。それが当然だとも言える。五輪の成功は開催することでその目的は達成されるわけだが、参加選手達はご褒美としての成績偏向(メダル争い)に執着するようなった。また観戦側もナショナリズム化し、為政者達は国威発揚の場として政治利用するようなった。ヒトラーが世界大戦の前にベルリンでの大会を国家プロパガンダで利用したし、モスクワ・ロスアンゼルス大会では米ソのボイコットの応酬で政治利用されて生きた。それらは夏季五輪でのものだが、冬季五輪でも今回の朝鮮南北の緊張緩和策として南北合同チームが結成され、管弦楽団や応援団の参加ということで、大会は見事成功したかにみえる。政治利用は良い方向に行けば恩の次だが、その逆もあり得るが、南北の平和という強いビジョンが伺えた。  
 2020東京五輪のビジョンがなかなか見えてこないのは何故なのだろうか。東日本大震災復興というビジョンは当初伺えたが、原発事故の後遺症がいまだにおさまらず、汚染水はコントロールどころか、海中に流入し続けているし、中間貯蔵施設もままならず、汚染土壌の塊は全国で溜まる一方だ。2020五輪のプレゼンテーションで最高責任者である安倍氏が、開催の安全性をアンダーコントロール発言で、なんとかイスタンブールを押さえて誘致にこぎ着けたが、開催のビジョンは日本国民には見えていなかった。世界初開閉式の屋根の新国立競技場が英国人のデザインによる設計で、震災の復興と未来への希望や平和を象徴する、流線型のスタジアムが話題にあがり、レガシーとしての価値もあると個人的に思っていた。ところが、日本のゼネコンの横槍で、経費関係でのごたごたもあり、安倍氏はどういうわけかご破算にしてしまった。そして、五輪誘致での裏金問題、五輪エンブレムでの著作権侵害問題などの疑惑もあり、開催8キロ圏でのコンパクトな開催がいつの間にか広域になった。誘致でのプレゼン通りにしないのは明らかに契約違反とも言える。コンペでウソをついて勝ち取れば何をしても良いという島国根性もあったのだろう。2016年のリオ五輪の閉会式に個人的な政治利用で参加した安倍氏には批判が集中した。人気取りの行動が国内ではそうでもなかったが、海外の目からすれば恥ずべき行為ともとれた。1964年の東京五輪にはハッキリとしたビジョンがあった。戦後の復興と東南アジア諸国への謝罪行脚という形で、各国での聖火リレーを行い、最終聖火ランナーは原爆投下当日に広島県で生まれた青年を抜擢した、徹底的平和をアピールする政治利用と見なされた。五輪開催の成功はアスリートのメダル獲得の是非ではない。開催国と招待国の融和と信頼を共有する機会でもある。アスリートファーストではない。反戦と平和の再確認と言う立ち位置でなければ意味が無い。マスメディアもそういう姿勢で臨むべきだと思う。
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2018年03月09日

21世紀新三国志時代

歴史は繰り返されるとよく言われますが、
人間は体現した人だけにしか教訓が活きないということでしょう。
いま世界は、華・美(中国では米国のことを美国という)・露の
三大国のパワーバランスのうえに成り立っているのは間違いない。
倭の国、日本は一時世界制覇を目論んだ時期があり、
いまだに大政翼賛会に与した末裔達がこの国の権力の味を占め、
生きながらえようとしている光景は、まさに憂国の地と化したに他ならない。
権力というのは一度手にしたら手放したくなくなるのは本能的にも、
自然の理なのかもしれない。
しかしその代償は、文明の興亡に深く影響する。
萌ゆるペン!の求める究極の理念は、
繰り返される権力の歴史の脆弱さから、
乗り越えられる世界の構築にある。
21世紀は500年前からの大航海時代(アングロサクソンからみれば)の、
延長線上にあることを深く肝に銘じるべきであると考えている。
歴史の教訓は活かされるどころか、絶え間なく進化のない連続性を繰り返している。
プーチン氏は希有な政治家なのかもしれない。KGBの出身で、長い間ロシアのトップに君臨している。今年の大統領選で再選されあと六年間は大統領でいられる。憲法の改正で延長もあるかも知れない。
近習平氏は永遠にトップでいられるよう画策しているもようだが、おそらくそうなるだろう。
トランプ氏も偏った考えがあるがこれも再選されるかもしれない。
日本の安倍氏はあと三年で終焉するが、その後を真剣に日本人は考えるべきだろう。
短くて来年あたり解散するかも知れないが。
文明の興亡という視点で現代を考えれば、目先の情報などに振り回されることはない。
のんびりじっくりお手並みを拝見したいと思っている。
posted by KURARIN at 21:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする